今回も、2008 年度に茨城大学理学部で開講されたベクトル解析の講義ノート、
ベクトル解析 2008 講義ノート詳細版
について、重要なことを論じます。
重要なことというのは、このノート、およびこのノートの参考文献
[1]「ベクトル解析入門」一松信著
で論じられた、曲面の面積の定義についてです。
まず、「(K, L) 正則三角形」という用語については、
この講義ノートをお持ちでない方は、文献 [1] を参考にされてください。
さて、早速ですが、
「曲面に「内接」する (K, L) 正則三角形」
とは、どんなものなのか、それがこの講義ノートでは、不明です。
A, B, C を頂点とする (K, L) 正則三角形 Δ が曲面 X に内接するとは、
どういうことを言うのか。
いくつかの場合が考えられます。
[2] 頂点 A, B, C が X の元である。
[3] 頂点 A, B, C が X の元であり、
なおかつ、Δから三つの辺 AB, BC, CA を取り除いた集合
Int(Δ) と X との任意の共通点 a に対し、点 a における X の接平面 F(a) が
ちょうど、A, B, C で張られる平面に等しい。さらに、Δ の辺 AB (resp. BC, CA) と
X の任意の共通点 b に対し、AB (resp. BC, CA) は 点 b における
X の接平面 F(b) に含まれる。
[3] は何やら難しい条件のように思えますが、
これは、Δの内部が X と「交叉」していたり、Δの辺が X と「交叉」していたりすると、
Δ が X に「内接」しているとは言い難いのではないか。
なので、「交叉」という、そういう状況を排除するための条件です。
ところが、この講義ノートでも、文献 [1] でも、
まずこの点における議論がまったく行われておらず、
ただ「内接する」という字面だけで表現しています。
これははっきり言って、厳密ではありません。
まず、この問題点が一つ、あります。
次の問題点に移ります。
M(K, L) = { Γ | Γ は 2次元の有限単体複体で、Γの 辺や頂点は Γの二次元単体に含まれ、
Γの任意の二次元単体は X に内接する (K, L) 正則三角形である。}
とおきます。ここで、「内接する」という用語については、
[2], [3] で述べた問題がすでに横たわっているわけです。
そこで、固定された (K, L) に対し、Γ が M(K, L) の中を動くときの極限が
X となっているとき、Γの面積の極限 S(K, L) が存在し、
それが (K, L) に依存しないとき、
S(K , L) の共通の値を X の面積である、と、この講義ノートでは定義しています。
ここで、誰しも、おかしいと思うはずです。
「Γの極限が X となっている。」
とは、どういうことでしょう?
M(K,L) の中に、何か位相を入れるのでしょうか。
ここで、いかにもやってしまいそうなミスを指摘しておきます。
「Γ と X の距離 dist(Γ, X) が 0 に収束するとき、
X がΓの極限となっている。」
とすることです。
これは、ダメです。なぜならば、Γの三角形の頂点は X 上にあるわけですから、
dist(Γ, X) は常に 0 だからです。
なお、文献 [1] では、X の面積を、それに内接する正則三角形族の面積の極限、
と、定義しています。
これは、明白なミスです。上記 M(K,L) の元 Γ の面積の和の極限 と言いますが、
Γの三角形が一つだけの状態で その三角形の diameter を 0 に収束させると、
その極限は 0 となってしまいます。
講義ノートの話に戻ります。
この講義ノートでは、Γ∈M(K, L) がどのように動いて X に極限として収束するのか、
その定義がまるで書いていないので、厳密ではありません。
そもそも、もっと大きな問題があります。
つまり、
M(K, L) はそもそも元を持つのか?
という問題です。
つまり、任意の滑らかな曲面 X に対し、X に内接する (K, L) 正則三角形が
必ず存在すると、証明できるのか?
そうでなければ、そもそも M(K, L) の元の極限は考えることはできません。
なぜならば、極限というのは、M(K, L) 上のフィルターに沿って取るべきものであり、
フィルターは空集合上には存在しないからです。
私は、M(K, L) の元の存在については目をつむって、次のように
X の面積の定義を書き直しました。
まず、正数 δに対し、
M(K, L, δ) = {Γ∈M(K, L) | Γの三角形の diameter の最大値は δ以下}
と置きます。M(K, L, δ)が元を持つかどうかという問題が、ここにも出てきます。
以下、任意の K, L, δに対し、M(K, L, δ) は空でないとします。
そこで、X の面積 S を、
S = lim_{δ→ 0}sup{ S(Γ) | Γ∈M(K, L, δ)}
と定義します。
ここに、S(Γ) は、Γの三角形の面積の総和です。
そうすれば、定理 4.1.1 の証明 (講義ノート pp.55-57) によれば、この定義からは
[4] S ≦ ∫∫_{Cl(D)} √(1 + (D_1f(x, y))^2 + (D_2f(x, y))^2) dxdy
が導かれます。
ここに、D_1f(x, y), D_2f(x, y) は、それぞれ、x, y についての f の偏微分、
Cl(D) は、R^2 における D の閉包です。
不等式 [4] が実際に等式であることを示すのには技術的な困難があって、
例えば、この講義ノートの定理 4.1.1 の証明の趣旨からいえば、
次の性質が成り立っていなければ、証明できません。
[5] 任意の正数 ε, δに対し、Γ∈ M(K, L, δ) が存在し、
Cl(D) における ∪_{Δ∈Γ}p(Δ) の補集合 C(Γ) の面積は、
εで押さえられる。
ここに、p(Δ) は、Δの xy-平面への射影です。
性質 [5] も、自明ではありません。私はこの性質を証明しようと試みましたが、
いまだに成功していません。
以上が、この講義ノート及びその参考文献 [1] の、
曲面の面積の定義にまつわる、
論理的に深刻な問題です。
以下に私の私見ですが、
はっきり言えば、曲面の面積の定義に、このような論理的に困難を伴うような
未成熟な理論を使うのはやめて、
はっきり、(f によって係数づけられた曲面) X の面積 S を
S = ∫∫_{Cl(D)} √(1 + (D_1f(x, y))^2 + (D_2f(x, y))^2) dxdy
によって定義したほうがいいと思います。
この定義は、講義ノートの p.57 定理 4.1.2 の積分の式と同値です。
参考文献 [1] では、このような論理的困難を伴う理論を展開しておきながら、
その p.142 で、
「微分積分学の理論体系そのものも、いろいろな意味で、伝統的な標準コース
そのものを見直す必要がある時期に達したと感じる。」
と述べていますが、これははっきり言って、著者の独りよがりでしょう。
学生に提供するべき微分積分学の標準コースの理論体系ならば、
(それを学習する学生の学力差は別にして)
もうすでに完成しているものをむやみやたらといじくるべきではありません。
少なくとも、曲面の面積の定義すらままない理論体系など、
微分積分学には、必要ありません。
最後に、曲面の面積について、厳密で、なおかつ論理的困難を伴わない、
スタンダードなものを定義している文献として、
[6] L. Schwartz 「解析学1-7」東京図書
を挙げておきます。今でも、大学の図書館で見られるはずです。
文責: Dr. Kazuyoshi Katogi