kazz の数学旅行記

数学の話題を中心に, 日々の知的活動の旅路を紹介します.

eliya『小鳥の詩』:小鳥の歌声の意味するところについて考えてみました

eliya さんの楽曲の中で、私が一番好きな曲が、

 

『小鳥の詩

 

です。

 

以前も YouTube の曲を貼り付けたと思います。

 

 

 

この詩で歌われているのは、大まかに言えば、以下のストーリーです:

 

 

 

[1]『僕』が 3歳の頃、瀕死の状態の小鳥に出会った。

 

[2] この小鳥の歌声は、非常に美しかったが、この小鳥には、悲しい生い立ちがあった。

 

[3] あれから 20年、小鳥の歌は世界中に届き渡るようになった。

 

 

 

本当は、もっと緻密な構成ですが、今回、この 3点について、小鳥の詩の内容を、

 

eliya さんから伺ったお話をもとに、分析してみたいと思います。

 

 

 

まず、『小鳥』は何を表しているか。

 

それは、
 
虐げられている者
 
極貧の者
 
不幸のどん底で死んでいく人

 

を意味していると思います。 

 

 

 

 

そのような、いわば、無きに等しいとも言える人たちの

 

悲しい気持ち、苦しい思いが、

 

『小鳥』

 

に込められているのではないでしょうか。

 

それがちょうど、

 

『小鳥の悲しい生い立ち』

 

です。

 

そう、小鳥は瀕死の状態で見つかりました。

 

従って、それまでに小鳥が遭遇してきた運命の悲惨さも、

 

容易に想像できるのです。

 

 

 

 

 

鳥の詩YouTube のビデオの解説にもあるように、

 

老人ホームで、涙を流しながら、この歌を聴いていた、

 

盲目の女性。

 

力無き、か弱い人たち。

 

まさにそういう人たちのためにこそ、この歌は作られたのでしょう。 

 

 

 

 

しかし、あれから 20年、小鳥の歌は、世界中に届けられるようになりました。

 

この世で、我々のほとんど多くは、いわば、

 

『無きに等しい者』

 

の部類に入るでしょう。

 

しかし、そういう、大勢の『無きに等しい者』たちの営み、

 

そして、純粋な心根の美しさ、

 

そして、

 

人類共通の、普遍的な愛。

 

鳥の詩は、そういった、人間本来の持つ、美しいものを、
 
我々に訴えかけているのでしょう。

  

 

 

 

 

 

そして、20年という時間。この 20年の歳月は、

 

『小鳥』という悲惨な運命を持つ者の存在、そして、その『小鳥』の意味を、
 
作者がはっきりと認識するのに、十分な時間であったのかもしれません。

 

 

 

 

そして、小鳥の詩では、私のような『無きに等しい者』が、

 
『この世に、何のために存在させられているのか?』
 
この問いかけに対し、
 
それは、「愛」のためだよ、と、言ってくれているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

そのような、弱い存在である、我々を勇気付け、

 

慰め、そして、励ましてくれる、そんな歌。

 

それこそが、eliya の

 

鳥の詩

 

なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

文責: Kazuyoshi Katogi