kazz の数学旅行記

数学の話題を中心に, 日々の知的活動の旅路を紹介します.

sin (x), cos (x) の微分可能性.

私たちは高校数学で, sin(x), cos(x) の微分可能性を習います.

 

しかし, 高校教科書に実際に書いてある証明は,

 

論理的には厳密ではありません.

 

多くの場合,

 

lim_{x→0, x≠0}(sin(x))/x = 1

 

の証明がネックとなりますね.

 

 

 

 

問題なのは, 高校教科書では sin, cos の微分に扇形の面積の公式を用い,

 

扇形や円の面積の公式の証明に又, sin, cos の微分を用いているので,

 

循環論法になってしまっているということです.

 

更に言うならば, 小学校で習う円の面積の公式の証明

 

(扇型に細かく細分して並べ替えて, 極限を取って, 長方形に近づけるやつです.)

 

を厳密に書き直すと, 論理的には

 

lim _{n → ∞} 2n sin (π/2n) = πと言う公式が必要となるので,

 

二重の意味での循環論法となってしまっています.

 

 

 

 

大学数学では, この困難を回避する形で, 解析学の教科書で,

 

sin(x), cos(x) の定義, πの定義が紹介されますが,

 

教科書によっては, 解析的すぎる定義を採用しているきらいもあり,

 

わかりづらいものもあります.

 

 

 

 

 

 

そこで今回の数学知恵ノートでは, 

 

Bourbaki の実1変数関数の教科書に従い,

 

(sin (x))/x の極限や冪級数を経由しない,

 

sin(x), cos(x) の微分可能性の厳密な証明について紹介します.

 

 

 

 

 

使用する予備知識は, 以下の条件です:

 

[1] sin(x), cos(x) は, 実変数連続実数値関数である.

 

[2] sin(x) は, x = 0 の近傍で増加である.

 

[3] sin, cos の加法定理

 

sin(x+y) = sin(x)cos(y) + cos(x)sin(y),

 

cos(x+y) = cos(x)cos(y) - sin(x)sin(y)

 

加法定理については, 高校数学で証明がありますね.

 

[4] sin^2(x) + cos^2(x) = 1

 

[5] 単位円周の長さ L を 2π と置くと, 

 

写像 f ; [0, 2π] → C = R×R,

 

f(x) = cos(x) + i sin (x), 

 

は, 連続で長さ有限な単純閉曲線であり,

 

f の長さ M は L = 2π に等しい.

 

この条件は, 人工的に思えるかもしれないが,

 

高校で sin, cos に伴い, 弧度法を習ったことある人にとっては,

 

自然なものであろう.

 

ここに, f の長さ M は, 以下のように定義される:

 

A = {t_0, t_2, ... , t_n}

 

を [0, 2π] の点の真に増加な有限列で,

 

Σ_A = Σ_{k = 1}^{n} |f(t_k) - f(t_{k-1})|

 

を考えるとき, A が [0, 2π] の真に増加な有限列全体

 

S を動くときの Σ_A の上限が f の長さ M である.

 

ここに, |f(t_k) - f(t_{k-1})| は複素数としての絶対値.

 

 

もし, f が最初から C^1 級であることがわかっているならば,

 

曲線の長さの一般論より,

 

M = ∫_[0, 2π]|Df(t)|dt

 

となる.

 

ここに, Df(t) は t における f の微分係数であり,

 

積分は [0, 2π] 上のリーマン積分.

 

[6] リーマン積分に関する, 微分積分学の基本定理.

 

すなわち, g が [a, b] 上で連続実数値 (または複素数値) 関数ならば,

 

[a, b] で定義された g の原始関数 G が存在し,

 

∫_[a, b] g(t)dt  = G(b) - G(a)

 

となる.

 

[7] 群と位相, 位相群の連続表現の定義に関する知識.

 

 

 

 

 

 

さて, 条件 [1], [3], [4] より, 関数 g: R → C^*,

 

g(t) = cos(t) + i sin(t)

 

は, 加法位相群 R から 乗法位相群 C^* = C - {0}

 

への連続表現となる.

 

尚, Bourbaki では, 商位相群 R/Z と単位円周 S^1 が

 

位相群として同型なることが, sin, cos を使わずに示されており 

 

(このことの証明が一番難しい),

 

標準射影

 

Φ:R → R/Z

 

と 

 

位相群としての同型

 

ψ: R/Z → S^1

 

で ψ([1/4]) = i

 

なるものの合成

 

e(x) = ψΦ(x) = c(x) + i s(x)

 

を考え, 単位円周の長さ L を 2π と置くとき,

 

sin(x) = s(x/(2π))

 

cos(x) = c(x/(2π))

 

という定義を採用している.

 

単位円周の長さについては,

 

以下に述べる定理と同様なやり方で,

 

e(x) が R 上で微分可能なことが, まず最初に証明され,

 

実数 a>0 によって De(x) = i a e(x) 

 

と表されることが証明される.

 

この a が単位円周の長さに等しい.

 

(L = ∫_[0, 1]|De(x)|dx 

 

= a ∫_[0, 1] |e(x)|dx = a∫_[0, 1] 1dx = a だから.)

 

そこで, π = a/2 と定義されるのである.

 

ここに, [1/4] は, 1/4 を含む,

 

R/Z における類. 

 

 

 

 

 

 

さて、次の定理が本質的である:

 

定理 (Bourbaki, [1])

 

g は R 上微分可能であり, 任意の x ∈ R に対し,

 

Dg(x) = g(x)×Dg(0)

 

となる.

 

よって, g は R 上 C^1 級である.

 

証明

 

h_a (x) = ∫_[0, a] g(x+t)dt

 

を考える. ただし, a>0.

 

g は群の表現だから,

 

g(x+t) = g(x)g(t).

 

よって,

 

h_a (x) = ∫_[0, a] g(x)g(t)dt = g(x)∫_[0, a] g(t)dt

 

(x∈R, a>0)

 

となる.

 

今, g(0) = 1 で, g は仮定より R 上連続であるから,

 

a>0 が十分小さいとき,

 

|g(t) - 1| < 1/2,  for t∈[0, a]

 

となる.

 

よって, 評価式

 

| a^{-1}∫_[0, a] g(t) dt - 1 | ≦ | a^{-1}∫_[0, a]|g(t) - 1| dt |

 

≦ 1/2

 

が成り立つので,

 

a^{-1}∫_[0, a] g(t) dt≠ 0

 

となり, 従って,

 

b := ∫_[0, a] g(t) dt ≠ 0

 

となる.

 

よって, 

 

h_a (x) = b g(x)

 

より, h_a(x) が x について微分可能であることを示せば良い.

 

変数変換 u = x + t より,

 

h_a (x) = ∫_[x, x+a] g(u)du

 

となるので, 微分積分学の基本定理により,

 

h_a (x) は x について微分可能で,

 

Dh_a (x) = g(x+a) - g(x)

 

= g(x)(g(a) - 1)

 

となる.

 

よって, 

 

g は R 上微分可能であり,

 

Dg(x) = b^{-1} Dh_a(x) = ( ( g(a) - 1 ) / b ) g(x) 

 

となる.

 

ここで, x = 0 とすれば,

 

Dg(0) = ( ( g(a) - 1 ) / b ) g(0) =  ( g(a) - 1 ) / b

 

を得るので, 改めて, 公式

 

Dg(x) = g(x) Dg(0)

 

を得る.

 

証明終わり.

 

 

 

 

 

 

 

よって, sin(x), cos(x) は R 上 C^1 級であり,

 

sin^2(x) + cos^2(x) = 1

 

より,

 

sin(x)Dsin(x) + cos(x)Dcos(x) = 0

 

となるので, R^2 のベクトル

 

(cos(x), sin(x)) と (Dcos(x), Dsin(x))

 

は直交する.

 

よって, ある実数 a が存在し,

 

Dg(x) = i a g(x), 即ち

 

D cos (x) + i D sin (x) = -a sin(x) + a i cos (x)

 

となる.

 

今, g(0) = cos(0) + i sin(0) = 1

 

だから,

 

sin(0) = 0, cos(0) = 1

 

であり,

 

D sin (x) = a cos (x)

 

と 条件 [2] より, a > 0 となる.

 

 

 

 

 

最後に, a=1 を示そう.

 

条件 [5] より, 

 

L = 2π = ∫_[0, 2π] ( (D cos (x))^2 + (D sin (x))^2 )^{1/2} dx

 

= a ∫_[0, 2π] (cos^2(x) + sin^2(x))^{1/2} dx

 

= a ∫_[0, 2π] 1 dx

 

= 2πa

 

となるので,

 

a = 1 となる.

 

 

 

 

 

 

よって, sin, cos は R 上 C^1 級で,

 

任意の x ∈ R に対し, 

 

D cos(x) = -sin(x), D sin(x) = cos(x)

 

となることがわかった.

 

 

 

 

 

参考文献

 

論証の主な部分は, そのまま,

 

[1] Bourbaki 数学原論, 実1変数関数.

 

からの引用である.

 

C^1 級曲線の長さに関する理論は,

 

[2] L. Schwartz, 解析学, vol.4

 

を参考にした.

 

 

 

 

 

文責: Dr. Kazuyoshi Katogi