このノートでは、ネットでは有名な区体論の、
集合論 ZFC 内での正規モデルを構成する。
但し、オリジナルの区体論に於いて「準関数」と呼ばれるものは、
わかりやすさの便宜のために、ここでは扱わない。
通常の数学のように、等号述語論理の上に、
区体論が形式化されているものとみなす。
(尚、南堂氏が「今井の形式化」として用いている記法:
♯X(A(X)) は、形式的には (∀X)(A(X)) で読み替えてかまわない。
♯も∀も、形式的には全く同じ役割だから。)
内容は、私が以前、2ch 数学板に投稿したものだが、
数学板が一時なくなったため、今回きちんとした
記録を残しておく意味で、Yahoo! 知恵ノートという場所を
お借りすることにする。
区体論は元来、南堂久史氏によって考案されたが、
それが集合論と比べてどうなのか?と言う視点では、
少なくともネット上ではあまり冷静な議論がなされていない。
この知恵ノートでは、もっぱら数学的な内容を紹介する。
集合論に比べて、区体論がどの程度の価値を持つのかは、
このノートをご覧頂いた読者の方各自が、
ご自分の学識に基づいて判断されると良いであろう。
以下、特に断らない限り、集合論 ZFC 内で議論を進める。
Part 1 区体論の公理1~8, 10 の正規モデル。
定理1
E を任意の集合、F を E のべき集合とすると、
公理1~8, 10 の区体論の正規モデルの構造が、
F 上に定義される。
証明の概略(読者は、細部を自分でフォローできると思います。)
まず、モデルの領域は、F である。
E に適当な整列順序 ≦ を入れておく。
(ZF で考えるのであれば、E を適当な整列集合
・・・例えば、有限順序数または有限順序数の全体 ω としておけばよい。)
区体論における包含関係 A⊂B は
集合論における普通の包含関係:
「A は B の部分集合である。」で解釈し、
Ω は E で解釈し、 空区体 φ は空集合で解釈する。
アトムは、E の一元部分集合で解釈される。
等号は、ZF における等号で解釈される。
Ψ(x) をアトム変数の論理式とするときの論理式:
∀x ( Ψ(x)∧xはアトム ⇔ x@P )
を満たす区体 P は、Ψ(x) を満たす E の一元部分集合
x の全体の合併で解釈される。
合併・共通分・差の解釈は、集合論における通常の通りとする。
A∈F, A≠φ に対し、α(A)@A なるα(A) は、
E 上の整列順序 ≦ に関する A の最小元 a
に対する 1元集合 {a} とする。
以上により、区体論の公理系 1~8、および 10
は、F を正規モデルとして持つ。
証明終わり。
Remark 1:
定理 1 で、特に E を空集合とすることにより、上記の区体論からは、
2個以上の対象の存在を証明することはできないことがわかる。
即ち、我々の良く知っている ZFC集合論で証明可能な論理式
(∃x)(∃y)(x≠y)
は、区体論の公理系 1~8, 10 からは証明できない。
さらに、E を空でない集合とすることにより、区体論の公理系 1~8, 10
からは、論理式 ¬(∃x)(∃y)(x≠y) も証明できないことがわかる。
即ち、論理式
(∃x)(∃y)(x≠y)
は、区体論の公理系 1~8, 10 からは、独立である。
よって、区体論の公理系 1~8, 10 は不完全である。
また、以上の議論から、集合論 ZF は区体論と同値ではなく、
区体論の中に ZF の正規モデルを構成することが不可能なこともわかる。
Part 2: 公理 1~7, 9 を持った区体論の正規モデル M の構成
定理 2
集合論 ZF 内に、公理 1~7, 9 を持った
区体論の正規モデル M を構成できる。
さらに、M の任意の空でない元と M 自身は、
ZF 内で可算集合となるようにできる。
証明(概略)
まず、有限順序数から成る任意の集合 A に対し、
γ(A) を、A に現れる順序数で、偶数番目に現れるもの全体とする。
すなわち、A の元を 小さい順に n(1), n(2), ・・・と表示したときの、
n(2k) ( kは自然数 ) の全体を γ(A) とおく。
γ'(A) は、A における γ(A) の補集合とする。
今、ω を有限順序数の全体とし、I(1) = {ω}とおく。
ω の部分集合からなる有限集合 I(k) が、帰納的に k=n まで
定義されているとする。
このとき、I(n+1) は、A∈I(n) に対する γ(A) の全体と、
A∈I(n) に対する γ'(A) の全体との合併とする。
I を n が自然数の全体を動くときの I(n) の合併とし、
M を I の元の有限個の合併(0個の元の合併は空集合とする)
の全体とする。
ここで、モデルの領域を M とする。
(M 自体は、区体としては解釈されない。)
M の元の 区体論における包含関係は
集合論における包含関係に解釈し、
合併、共通部分、差もまた然り。
等号は、ZF における等号で解釈される。
Ω は ω で、空区体は空集合で解釈する。
任意の A ∈ M に対し、A が空でないときに、
A を M の元である、互いに交わらない、空でない2つの集合
β(A) と β'(A) に分割できることを示さなくてはならない。
M の作り方から、A は、I の元 A(1),..., A(n) で、
これらのどの有限個の合併も I に入らないようなものの
disjoint union として ( A(1),...,A(n) の順序を除いて )
一意に表せる。
そして、β(A) は、γ(A(1)),...,γ(A(n)) の合併、
β'(A) は、γ'(A(1)),...,γ'(A(n)) の合併とおけばよい。
以上で M は公理 1~7, 9の正規モデルになる。
M の任意の空でない元と、M 自身が ZF 内で
可算集合になることは、その構成から明らかであろう。
証明終わり。
Remark 2.
上記モデル M は、一元集合を含まず、区体論における
アトムに相当するものも存在しない。
従って、区体論の公理 1~7, 9 からは、例えば次の二つの論理式は
証明不可能である(というよりも、否定証明可能である。):
(∃x)(∀y)( y⊂x ⇒ y=φ∨y=x )
(∃x)(∃y)(∃z)(x≠y∧y≠z∧z≠x
∧(∀w)( w⊂z ⇒ w=φ∨w=x∨w=y∨w=z ))
しかし、これらの論理式は、我々の良く知っている ZF集合論からは、
証明可能である。区体論の公理系 1~7, 9 が集合論に比べて
「病的である」と言われる所以は、ここにある。
Part 3: 公理 1~7, 9 を持った区体論による、無限集合の特徴づけ。
定理 3
集合論 ZFC 内で、任意の無限集合 E に対し、
公理 1~7, 9 を持った区体論の可算正規モデル
M を構成できて、Ω を E で解釈でき、
M の任意の元は E の部分集合とできる。
さらに、ZFC 内で、M の任意の空でない元と
E とは等濃となるようにできる。
証明(概略)
E は ZFC 内で整列可能だから、初めから E を基数として良い。
定理 2 とほぼ同じ構成方法である。
まず、E の任意の部分順序集合 A に対し、
γ(A) を、A に現れる順序数で、奇数番目に現れるもの全体とする。
すなわち、ある順序数 α から A 上への順序同型
f:α→A を取ったときに(αは、A により一意に定まる)、
γ(A) := { f(β) | β∈α, βは奇順序数 }
とおく。
γ'(A) は、A における γ(A) の補集合とする。
γ'(A) = { f(β) | β∈α, βは偶順序数または極限順序数 }
である。
今、I(1) = {E}とおく。 E の部分集合からなる有限集合 I(k) が、
帰納的に k=n まで定義されているとする。
このとき、I(n+1) は、A∈I(n) に対する γ(A) の全体と、
A∈I(n) に対する γ'(A) の全体との合併とする。
I を n が自然数の全体を動くときの I(n) の合併とし、
M を I の元の有限個の合併(0個の元の合併は空集合とする)
の全体とする。
ここで、モデルの領域を M とする。
(M 自体は、区体としては解釈されない。)
M の元の 区体論における包含関係は
集合論における包含関係に解釈し、
合併、共通部分、差もまた然り。
等号は、ZFC における等号で解釈される。
Ω は E で、空区体は空集合で解釈する。
任意の A ∈ M に対し、A が空でないときに、
A を M の元である、互いに交わらない、空でない2つの集合
β(A) と β'(A) に分割できることを示さなくてはならない。
M の作り方から、A は、I の元 A(1),..., A(n) で、
これらのどの有限個の合併も I に入らないようなものの
disjoint union として ( A(1),...,A(n) の順序を除いて )
一意に表せる。
そして、β(A) は、γ(A(1)),...,γ(A(n)) の合併、
β'(A) は、γ'(A(1)),...,γ'(A(n)) の合併とおけばよい。
以上で、ZFC 内で M は公理 1~7, 9の可算正規モデルになる。
又、ZFC 内で、M の任意の空でない元が E と等濃であることは、
その構成から明らかであろう。
(実は、I の任意の空でない集合は、E の部分順序集合と見て、
E と順序同型である。γ(E) と γ'(E) は E に等濃だから、
(E が基数であることより)それらは E と順序同型である
ことに注意しよう。)
証明終わり。
Remark 3:
E が有限集合のときは、明らかに定理 3 の最初の一文
を満たすような 正規モデルM は作れないから、
定理 3は、ZFC 内での無限集合の特徴付けになっている。
つまり、定理 3 を大雑把に言うと、次のようになる:
ZFC 内で、集合 E が無限集合であるためには、
E=Ω としたとき、E が区体論 の公理系 1~7, 9
を満たすことが必要かつ十分である。
このことは、区体論の公理系 1~7, 9 の ZFC における
解釈の一つと見做して良いであろう。
文責: Dr. Kazuyoshi Katogi (加藤木 一好)