今回は, 一つの言葉が二つ以上の意味を持つ時,
それをそのまま数学に適用すると
間違いを犯す場合がある, と言うお話をします.
より詳しく言うと,
ある名詞 A が二つの意味 B, C を持つ場合.
ある場合では 名詞 A を B の意味で使い,
別のある場合では 名詞 A を C の意味で使う.
言葉の意味は一つだけじゃないんだからいいじゃないですか.
と, そう言う言葉の使い方をしていると,
数学では間違う場合があるんですよ,
と言うお話です.
以下に, Bourbaki 集合論の演習問題を引用します.
次の推論の誤りを指摘せよ:
「N を自然数の全体, A を, x^n + y^n = z^n となる
真に正な三整数 x, y, z が存在するような整数 n > 2
の全体とする.
この時, 集合 A は空でない.
(言い換えれば, フェルマーの定理は誤りである!)
実際, B = {A} と C = {N} はただ一つの元を持つ集合であるから,
B から C への全単射 f が存在する.
よって, f(A) = N.
しかし, A = φ (φは空集合の意味) とすると,
N = f(A) = f(φ) = φ
となり, 矛盾.」
この推論の誤りは,
一般に, 写像 f: X → Y が与えられた時,
次の記号が二つの意味を持つため,
それらを意図的に混同しているところから生じたものです.
まず一つ目は,
A ∈ X に対する f の値 f(A).
これは, f のグラフを G とする時,
f(A) は (A, y) ∈ G
なるただ一つの y として定まります.
(ここに, (A, y) は順序対)
二つ目は, A⊆ X の f による像 f(A).
この記号はブルバキでは f<A> と記述され,
混同の恐れのない限り, f<A> の代わりに f(A) と
記述すると言う約束になっています.
f<A> = { f(x) | x ∈ A }
です.
上記の論証の間違いは,
N = f(A) = f<φ> = φ
と書くべきところを,
(もちろんこれでは記述上, 明らかに間違っている)
N = f(A) = f(φ) = φ
と書いているところなんですね.
このように, 一つの言葉 (この場合は記号) が
二つ以上の意味を持つ場合において,
それらを二つ以上の意味を持つものとして
野放図に使用していると,
間違いを犯す場合があるのです.
文責: Dr. Kazuyoshi Katogi