今回の数学エッセーでは, 四元数体 H を係数とするノルム空間上の微分法がなぜ流行らないのか, その理由を解説します.
普通は微分と言ったら実または複素関数です. H 上の微分可能関数の定義の最も簡単なものは, 以下のようになります: 基礎体を H とし, E をノルム空間, F を分離多ノルム空間, U を E の開集合, f:U → F を関数とする時, f が微分可能とは, f が実微分可能であり, 任意の x ∈ U に対して Df(x) が H 線型であることとします. 次の定理が本質的です:
定理: 基礎体を H とし, E をノルム空間, F を分離多ノルム空間, U を E の連結開集合, f:U → F を微分可能関数とすると, 任意の a, x ∈ U に対して, f(x) = f(a) + Df(a)(x-a) が成り立つ.
証明. 一般性を失わずに, F をバナッハ空間として良い. 1, i, j, k を H の標準的な R 上基底とすると, f は基礎体を R(i), R(j), R(k) に制限してそれぞれ解析的である (この pdf にその証明がある.) a∈U を固定すると, a を中心とし, U に含まれる任意の開球 V に対し, テイラー展開:
f(x) = Σ_{p = 0}^{∞} D^pf(a)(x-a)/p! for x ∈ V
が成り立つ([S]). ここで, f の n 階微分係数 D^n f(a) は実複線型であるばかりでなく, R(i), R(j), R(k) に関しても複線型であるから, H 複線型である. よって, H が非可換であることより, n >1 なる任意の自然数 n に対して, D^n f(a) = 0 となる.
そこで今, a のある開近傍の任意の点 x に対して f(x) = f(a) + Df(a)(x-a) が成り立つので, 解析接続の原理より, 結論が従う.
証明終わり
つまり, H 微分可能関数は, 連続アフィン関数以外にありえないわけで, H 係数微分を研究するのはつまらない, というわけです.
参考文献
[S] L. Schwartz 解析学 vol.6
文責: Dr. 加藤木 一好